村上篤直『評伝 小室直樹 上・下』

 小室直樹、という社会科学者をご存じの方は、おそらく私より上の年代(私は今、40代前半です)の方に多いと思う。

 

 1980年に出版された『ソビエト帝国の崩壊』(以下、『帝国の崩壊』。)でソ連崩壊を予言し、かなりのインパクトを社会にもたらしたことは知っていた(そして、それは見事的中した)。それ以降も、宗教・経済・憲法・政治・数学、そして日本社会、、、きわめて広範囲にわたって対象を鋭く分析され、分析のための方法論や基礎知識をわかりやすく伝える本をたくさん出版された。亡くなられたのは2010年だが、その著作は令和になった今も書店に並んでいる。

 

 私も、小室氏の本を読んで、勉強した(している)。読んだ本については今後このブログで書いていこうと思うが、氏の本を読んでいく中で、小室直樹その人への関心が深まっていった。「こういうことができる人って、どういう勉強をしてきたのか?」と。

 氏の『日本人のための憲法原論』を読んで以降、その思いはさらに強くなった。2006年の出版だが、恥ずかしながら初めて読んだのはつい4、5年前だった。ちなみに、もとになった『痛快!憲法学』は2001年の出版である。憲法はもちろん、アメリカやイギリスの歴史、等比数列などの数学、経済学、日本の思想、田中角栄、などなど。扱われる範囲はきわめて広い。

 

 そんな関心に応えてくれたのが、村上篤直『評伝 小室直樹』(以下、『評伝』。)である。いや、「関心に応えてくれた」なんて書き方は、村上氏に失礼だ。ごめんなさい。ただ、『評伝』は私自身が小室氏に抱いていた興味や疑問を一気に解決してくれたので、そういう書き方になってしまう。『評伝』を読んで、小室氏の「生き方」を垣間見ることができたから。

 

 村上氏は、小室氏が書いたものをくまなく追い、小室氏に関わるあらゆる人に会われた。それは『評伝』を読めばすぐわかる。それだけでも大変なことなのに、村上氏は読者が小室氏の軌跡をたどることができるよう、文章に構成しなおされている。もともと私が小室氏に関心があるということもあるが、読んでいて全然飽きなかった。どうすれば、膨大な情報を人にわかりやすく、かつ面白い文章に構成できるのだろう。

 

 『評伝』は、小室氏が生まれてから学問研究とゼミ生の指導に邁進する『帝国の崩壊』出版までの上巻と、『帝国の崩壊』の出版以降に売れっ子評論家となってから亡くなるまでの下巻の2巻構成である。

 

 小室氏は、京大理学部と阪大大学院で、アメリカではミシガン、ハーバードそしてMITで、日本に戻ってからは東大大学院で社会科学の研究に邁進する。そして、自分の研究だけでなく、請われればシンクタンクにも助言したし、「伝説の小室ゼミ」で多くの学生を指導された。そして、『帝国の崩壊』を皮切りに、一般向けの書籍を多数執筆し、広く受け入れられ、売れっ子となり、日本社会に切り込んでいく著作も発表された。

 

 小室氏の業績は、当然『評伝』を読んでいただきたいし、今までも橋爪大三郎氏らによってまとめられている。小室ゼミ出身の方がその偉大さを書かれている文章もある。その「偉大さ」がいかにして可能であったかが、『評伝』で解き明かされている。

 

 その一つは、多くの人の支えだったのだろう。小室氏は、多くの高名な学者に期待され、指導され、助けられた。小室氏の指導を受けた学生も小室氏の生活を支えたし、評論家や官僚の中にも小室に期待した人はいた。編集者も、商売上の必要があったとはいえ小室に期待した。ハチャメチャな暮らしをしながら研究を継続できたのは、小室氏の才能を愛した人がいたからこそだったのだ。いや、学問的才能だけではないと思う。その人柄をも愛したのだろう。学問研究以外で小室氏に関わりがある人も、人柄を愛したのだろう。そしてもう一つは、小室氏を学問研究に向かわせる「情熱」だったのではなかろうか。

 

 ベストセラーを生み続け、亡くなって10年たとうとしている現在もそれらが売れ続ける「社会科学者」小室直樹氏の人生を『評伝』で知れば、今までその著作にふれたことがある人は理解が進むかもしれない。小室氏を知らなかった人が『評伝』を読めば、こんなに面白い人生を送った人が書いた本ってどんなのだろうと、小室氏の著作を書店で手に取ってみるかもしれない。私たちが生きている「社会」に多少なりとも関心がある人に、ご一読をおすすめします。

 

 小室氏のような「社会科学者」が、また我が国に出てきてくれることを願いつつ。

 

#小室直樹 #村上篤直

 

 

評伝 小室直樹(上):学問と酒と猫を愛した過激な天才

評伝 小室直樹(上):学問と酒と猫を愛した過激な天才

  • 作者:村上篤直
  • 発売日: 2018/09/18
  • メディア: 単行本
 

 

 

評伝 小室直樹(下):現実はやがて私に追いつくであろう