で、ウォシュレットの普及はすすむのか? ~トイレットペーパー買いだめ研究のすすめ~
新型コロナウィルスは、私たちの生活に甚大な影響を及ぼしてます。
ニュースを見るたびに「ここで速報です」と新たな感染者が報じられ、いつ収束するか、わかりません。
多くの自治体で小中高が休校になり、在宅勤務を可とする企業も出てきたし。実際、私のワイフの職場も1週間ごとに在宅/オフィス勤務交替制になりました。在宅勤務の週は、朝9時半から夕方6時まで家にいなきゃいけないし、オフィス勤務当番の週は、通勤ラッシュによる感染リスクを低減させるため、始業時間を最大1時間後ろ倒しできるそうです。あ、在宅勤務で家にいなきゃいけないのは当たり前か。「在宅」ですから。
マスクの品不足も深刻です。
我が家は夫婦とも気管支が弱くて風邪予防には注意しなきゃだし(風邪ひくとノドがかなりつらい)、さらに二人とも花粉症なので、この時期はマスクが欠かせないんです。
ただ、花粉症は我が家だけの事情じゃないですよね?正確な数は「?」ですが、花粉症に悩む人が多いであろうことは、毎年この時期の鼻炎薬や目薬のTVCMの多さやドラッグストアのけばけばしい特設コーナーを見れば容易にわかります。そういった毎年の事情に加え、今年は新型コロナウィルス対策のためにマスクを求める人が増えるのだから、そりゃマスクは不足するでしょう。そこを狙って、転売でひと儲け企む「転売」ヤーもいるそうで。
そうした中、いよいよ政府もマスクの罰則付きのネット転売禁止に乗り出すとのこと。メーカーも増産を表明しているし、いずれ「転売」ヤーは在庫の山を抱えるようになるでしょう。買った時よりも安く売らなきゃならなくなるかも。ひと儲け企むのは「どうぞご自由に」ですけど、人間の健康がかかってるんだから。マトモなやり方で儲けなさいよ。
それはいいとして、まあ、マスクの品不足が起きるのは分らんでもないんですけど、トイレットペーパーやティッシュペーパーの品不足も起きている、というから驚きです。自宅近くのドラックストアでも、購入個数制限をお願いする貼り紙があり、棚は空いてるし。ただ、店をのぞいたのは3月6日金曜夕方でしたが、もうその日の夜には補充されるらしく、極端な品不足というわけでもなさそうです。十分な量が並んでいるお店もあるようだし、地域差や店舗形態によって差があるんでしょう。
政府も業界団体も、トイレットペーパーの数はじゅうぶんあると説明してるのですが、SNSやテレビで実際にスカスカの棚や個数制限をお願いするPOPを見れば、「あ、ヤバい」と思って買いだめに走っちゃう人がまだいるかもしれません。店によってないところもあるでしょうけど、すぐ補充されるみたいだから、買いだめはよしましょう。
そもそもの発端はSNSで誤った情報が拡散されたかららしいですけど、どうしてそうなっちゃったのか、地域などによって差があったのか、など、ぜひとも今後だれかに分析してもらいたい。
以下、今後、「こんなことを分析してほしい」というネタを提供します。まあ、鋭い人ならもうとっくにお気づき、というか当たり前にやってるでしょうけど。
トイレットペーパーがない、と言って思い浮かんだのが、1973(昭和48)年に起きたトイレットペーパーの買いだめ(以下、「昭和TP問題」。)です。私はまだ生まれてなかけど、母親やおばさんに何度も話を聞かされました。それだけ印象に残る出来事だったのでしょうけど、それは彼女に限ったことではなかったようで、当然いろいろな分析がなされたようです。
その中で私が知っているのが、宮崎義一「パニックの社会経済構造」(以下、「宮崎論文」)。初出は岩波書店『世界』1974年7月号ですが、現在は1995(平成7)年に出版された『世界』主要論文選に掲載されています。我ながら、よく思い出したなぁ。ちなみにこの論文選には、名前だけは聞いたことがある著名な学者や評論家の論文が収められています。1995年はアジア太平洋戦争が終結して50年ということもあり、戦後を振り返る企画がたくさんありました。懐かしい~。
宮崎論文は、昭和TP問題以外にも、「豊川信金取り付けパニック(1973(昭和48)年発生)」と「生活安定法パニック」が取り上げられているが、ここでは昭和TP問題だけ取り上げさせていただきます。
宮崎論文では、東京都物価局(当時)が高島平団地とひばりが丘団地の主婦を対象におこなった調査の結果から、以下のような分析が報告されています。
・居住年数が短いほどなじみの店が少なく、買い物行動が不安定で、
買いだめに走りやすい
・日本の将来に暗い見通しを持つ人ほど買いだめに走る
なぁるほど。こういう傾向が令和の今も成り立つのか、今回のコロナウィルスによる混乱が収束次第、ぜひアンケート調査を行ってもらいたいです。
さらに、なぜ買いだめパニックが発生したか、大阪の千里ニュータウンの事例を参考にした仮説が紹介されています。
買う住民側について。トイレットペーパーや洗剤を、連帯性が欠如し強いライバル意識に色どられた団地の人間関係と、団地の建築構造上の相互の密接な関連性との矛盾を解決するための条件ととらえ、”団地ミニマム”としています。”団地ミニマム”が満たされなければ、住民がどんな行動に走るか想像に難くない、と。
また、売る側としては、スーパーマーケットの特徴が影響しているのでは、としています。目玉商品であるトイレットペーパーや洗剤がスーパーマーケットからなくなれば、スーパーマーケットがスーパーマーケットでなくなったことを意味する出来事である、と。主婦に直接語り掛けてくる商品が棚からなくなれば、その商品が姿を消し去ったと想像しても不思議はない、と。
宮崎論文は、買いだめは、団地とスーパーマーケットの組み合わせによって起こるべくして起こったとしています。
そして、家計調査報告の洗剤の購入金額データを示し、大都市ほど買いだめが発生していたとしている(買いだめが発生したのは昭和48年11月~12月頃)。これは、スーパーマーケットで買ったか、小規模小売店で買ったかによる差であろう、とも。
トイレットペーパーのデータじゃないんかい?と突っ込まれるでしょうけど。まあデータがなかったのでしょう。いや、実はトイレットペーパーのデータはあったけど、面白い結果にならなかったのかな。
宮崎論文は「団地」と「スーパーマーケット」に引っ張られすぎ、しかもネガティブな印象を抱きつつ書いてると感じられます。でも、今回の買いだめ騒動について、例えば地域差を見てみるとか、ホントにたくさん払っていたのか、とかを家計調査や小売データを使って、宮崎論文と似たようなことを考えてみるのは面白そう。ただ、今後同様の分析がなされるときは、以下のような点に留意するといいかもね、と思いつきを列挙しておくので、参考にしてください。
①世帯の人数も考慮したほうがよいのでは?
1世帯あたりの人数が違えば、洗剤の購入量も違って
きますからね
②前年同月と比較したほうがよいのでは?
今回の買いだめなら、例えば2019年2・3月と
2020年2・3月のデータを比較してみる
③価格がどうなっていたのかも加味しては?
小売価格データを使って、価格がどうなったか、
についても分析してみる
④都市規模の違いってまだあるの?
地方にも、大型スーパーやドラッグストアがある
令和の時代、都市規模による違いって昭和時代
よりも少ないんじゃ。まあ世帯人数とか小売価格
の影響度合いを割り引いてみなきゃでしょうけど
宮崎論文では、さらに昭和TP問題に分析を加えているので、簡単に紹介しておきます。
宮崎論文は、スーパーマーケットに行っても特定商品を買えない「買い損じの確率」を以下のように定義しています。
買い損じの確率 = (n-1)/(n+r-1)
n:1店あたりの顧客数
r:1店あたりの特定商品の在庫数
この「買い損じの確率」を、かりに1/4に保てば買いだめが発生しないとすれば、以下の通りのストックが必要としています。
どれくらいの確率に抑えればいいかは要研究ですが、「買い損じの確率」の式からもお分かりのとおり、rを増やすして「買い損じの確率」を下げる、すなわち商品をスーパーマーケットに満ちあふれさせれば買いだめ防止に有効、としています。ただ、スーパーマーケットは効率主義でストック量を減らそうとするから、在庫管理を見直すべきでは、と。
そりゃそうだわなぁ~。ストックがじゅうぶんあれば買いだめしようなんて思わないもん。だから、今回、トイレット・ペーパーをどんどん店頭に「満ちあふれ」させているのは、買いだめ防止に役立っているといえそうです。
他にも、宮崎論文は「関東よりも関西のほうが発生しやすい」「政府がじゅうぶんな情報を流さなかった」という、昭和TP問題とうじ社会不安に火をつけた要因についても分析しています。
昭和TP問題と令和の買いだめを全く同じ視点から分析するのはどうなのよ?と思われるかもしれません。当時と今の社会状況はあまりにも違いすぎますし。なんといってもネットの発展なんて、当時はほとんど考えられなかったろうし。ただ、データを見て考える、という作業の大切さは変わらないんじゃないかなと。
そういえば、情報の拡散とかSNSが、消費行動にどう影響を及ぼしたか、今回の買いだめを誘発したかって、マーケティングや社会心理学を専攻される方はどう分析されるのでしょうか。当時はなかった視点でしょ?
まあ、データも、分析のためのツールも発達してるし、専門家の方には分析して結果を公表していただきたいし、学生さんも、修士論文や卒業論文のネタはすぐ見つかりそうな気がします。